【世の中は全て矛盾している。】

 

 

よく僕は戦争に関しての質問を人にします。

「戦争はすべきだと思いますか?すべきではないと思いますか?」

すると全員、口を揃えて
「すべきではないと思う。」と答えます。

 

そこで僕はこんな話をします。

「でも戦争をビジネスとしてやっていて、その利益の90%を貧困の飢餓をしてしまう子供達に与えている人がいます。それによって戦争で死んでいる人の100倍の命が救われています。」

「そして、戦争は、殺さないと殺されてしまうからという理由で行われているのも事実です。正当防衛は日本でも認められている考えです。」

 

 

戦争でさえ、

すべき理由もあれば、すべきではない理由もあります。

 

「すべき」というのは、常に一方向からみた、主観的な意見でしかないんです。

 

あなたが今、「すべき」だと思っていることにも、間違いなく「すべきじゃない」理由があります。

 

この世は全て矛盾してるんです。

 

だからこそ、僕は人は
【したいことをする】しかないし、
【自分が信じたいものを信じる】しかないと思うんです。

 

家族になんと言われたって、他人になんと言われたって、義務教育でどんなことを教えてもらっていたって、そんなのは関係ありません。

 

あなたが神様はいると思えば、神様はいますし、世界はあなたが見たいように見ることができます。

 

 

ここで僕に一つの疑問が生まれました。

なぜ【教育】が存在するのか、です。

 

この世にすべきことがないとするならば、すべきことを教える画一的な教育なんて必要ないのではないかということです。

 

結論から言うと、

①教育者側にとって都合が良い理由がある
②教育を受ける側が思考放棄したい

 

この2つによって存在しているのだと思います。

 

①に当たる理由は、前提や状況によって無限にあります。

 

わかりやすい例だと、
「授業中に話してはいけない」という義務教育は、

つまらない授業をする教師の怠慢を無理矢理正当化することができる魔法の教えです。

①は、言い換えれば、教育者が物事を正当化するため、相手を洗脳するため、とも言えるかもしれません。

 

 

次に、
②教育を受ける側が思考放棄したい

 

まぁそのままなんですが、何かしらの対価(基本的にはお金)を支払って、先輩の思考を知るということですね。

ただ、それが最善策かどうかはもちろんわかりません。

この世には無限の前提と状況と可能性がありますからね、画一的な教育などがあるのかは甚だ疑問ではあります。
※個人的な見解です。

 

 

そんな中、教育という概念が続いてきたのは以下の心理もあるのではないかなあ、と考えます。

 

教育者が

【寂しかったから】もしくは、
【認めてもらいたかったから】

です。

 

この世にすべきことはない、すべきじゃないこともない。
やりたいことをやり、信じたいものを信じるしかない。としたら、

 

ある人は、「自分が信じているものを相手にも信じてほしい」、と思うものだと思うんです。

 

隣にいる人が、自分が信じてるものを同じように信じてくれたら、それって凄く幸せだし、素敵なことだと思うんです。

 

そこに教育が生まれるような気がします。

 

 

 

長くなりましたが、

【全ては無駄であり、全てには価値がある。】

僕が大切にしている言葉です。

 

だからこそ、僕は、

すべきじゃなさそうなことや、一件無駄でありそうなことでも、自分がしたいとさえ思えば、それをすることが出来るエンジンを持っています。

何故なら、元より全ては無駄だからです。
そして、全てには価値があるからです。

 

ぜひ、皆さんも自分の信じる道を歩んでいただければと思います。

 

 

僕は、リソース(情報、お金、モノ、人)を無償で提供し合う【 Gleam 】というコミュニティを運営しております(^^)

 

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